
このブログを開設して早、二か月が経とうとしています。
いつも見てくださっている方、
検索してたどり着いてくださった方、
たまたまご覧になっている方、
皆様ありがとうございます。
さて、冒頭の地図ですが、見覚えのある方もおありではないでしょうか。
鳥取民藝美術舘に来館されたお客様に差し上げている入館券の裏面に描かれているものです。
鳥取駅から徒歩3~5分。
鳥取民藝美術舘、たくみ工藝店、たくみ割烹店は三軒並んで建っています。

地図の中の、いちばん左にあるたくさん小窓のあるお堂が民藝美術舘付属の童子地蔵堂。
その横の階段のある建物が鳥取民藝美術舘です。
その隣、真ん中に建つのがたくみ工藝店。
そのまた隣の、二軒並んでいるように見えるのがたくみ割烹店です。

遅ればせながら、ここで改めて、この三軒のご紹介をさせていただこうと思います。
鳥取民藝美術舘・たくみ工藝店・たくみ割烹店を創始したのは、吉田璋也(よしだ しょうや・1898~1972)という鳥取の一人の町医師でした。
大正時代に柳宗悦が提唱した「民芸」という新たな美意識。
高価な美術品や高名な作家のつくったもののなかにだけ美があるのではなく、名もない民衆が作り、使い続けてきた日用品のなかにこそ健康で豊かな美が宿るとしたこの思想に深く共鳴していた璋也は、生まれ故郷である鳥取で、民芸の美を広めるための活動を始めます。
工業化の波に圧され衰退し始めていた職人たちを支援し、時代に即した新たな商品をプロデュースしたのです。

職人たちの作った商品を広く流通させるため、昭和7年、璋也は鳥取の街に店を開きます。
「たくみ工藝店」と名付けられたこの店は、日本で初めての民芸店でした。
戦争を乗り越え、昭和24年、璋也は自らが蒐集し続けてきた民芸品を展示し、たくみ工藝店に集う職人たちの勉強館にするため、
「鳥取民芸館」(のちに「鳥取民藝美術舘」と改称)を開きます。
さらに昭和37年には、生活的美術館と位置付けた料理店「たくみ割烹店」を開店させ、地元のうまいものを、美しい民芸のうつわに盛って提供しました。

鳥取民藝美術舘は、この三軒が揃ってはじめて鳥取民藝美術舘と言えるのかもしれません。
当時としては画期的な、「見て・知って・体験」するミュージアムでした。
吉田璋也がいなくなり36年経った今も、そこかしこに彼の気配がするようです。
このブログでは、この三軒の今現在の様子を皆様にお見せしているのです。
どうして一つの美術館と二つの店舗が同じブログを共有してるんだろう?
たくみ工藝店とたくみ割烹はどうして名前が一緒なんだろう?
民藝美術舘とたくみ工藝店の電話番号って同じだけど…
と思っておられた方、謎が解けましたでしょうか。
検索もしづらく、(
こちらをご参照ください)まだまだブログのみの段階ですが、それでもこのページを見に来てくださる方々に改めて感謝を申し上げます。
長々と書き連ねましたこの文章を読破いただいたことへも感謝を…
鳥取民藝美術舘
たくみ工藝店
たくみ割烹店
は、鳥取駅から徒歩3分の場所に今日も建っております。
鳥取にお住まいの方も、
そうでない方も、
少しでも気になられたら、いずれぜひ一度、お立ち寄りください。
この空間でなにか美しいものを見つけて帰っていただけたら幸いです。
'''''お問合せ先''''''
鳥取たくみ工藝店
電話 0857-26-2367
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